阿部千里 元理事長 逝去のお知らせ

阿部千里、元理事長ご逝去
~児童館をつくった男~

平成28年12月2日午前2時9分、阿部千里先生の訃報に接しました。享年92歳。眠るように息を引き取ったと聞きます。

昭和33年、高度成長が山形県にも波及してきました。当時30歳の阿部千里は、農村部でも子ども交通事故被害の頻発や、幼児が農薬を誤飲するなどの事例に接して、農繁期の幼児・少年達にも保育所のような居場所が必要だと考え、公民館を借りて「無認可保育所」のような活動を始めました。

阿部はこの活動は公の支援が必要だと考えて、県庁・県議会に陳情し埒が明かなかったために、国への陳情を決意しました。翌34年から毎年、厚生省(当時)と国会に陳情を繰り返しますが、やはり門戸は閉ざされたままです。

昭和36年、阿部は厚生省の黒木利克局長と肝胆相照らし「児童館」に国庫補助をつける方針に的を絞ります。山形県の松沢雄蔵代議士の示唆を得て、北海道から沖縄までの議員を尋ね、議員連盟を結成し、自民党の自民党政調会の社会部会長の米田吉盛代議士の共感を得て、昭和38年に児童館に対して設備、運営費の国庫補助制度が創設されました。それを機に児童館の数が飛躍的に伸びていくことになります。

それからも、阿部は児童館がもっともっと発展するように、各地の有志と共に、朝早くから夜遅くまで予算陳情に飛び歩きました。

昭和42年、「全国児童館連絡協議会」結成・初代会長に就任
昭和50年、「社団法人全国児童館連合会」設立、平成4年、理事長に就任、
平成12年、「財団法人児童健全育成推進財団」理事長に就任、
平成19年退任される。     

平成元年「藍綬褒章」受章、平成10年「勲四等旭日小綬章」受章

児童館の関係者の皆様と共に、児童館の礎を築かれた偉大な人物に謹んで尊敬と哀悼の意を表したいと思います。

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昭和61年12月、厚生省(当時)当局に児童館予算陳情中の故 阿部千里